夏の帰省

 この夏実家に帰省した。大学二回生になった弟とも初めて帰省の時期が重なり、親父と3人で飲みに行くこととなった。

 親父はドライブがてらに飲みに行こうと、春に免許をとったばかりの弟に運転を任せ、車は県境を越えて行った。どこか見覚えのある道から、ふと昔の記憶が蘇った。

 私が小学校4年生のとき、学校から帰ってすぐ疲れて寝てしまった。起きると家には祖父母も兄も弟もいなかった。後から聞いたところ、寝ている私を起こすのはかわいそうだからと、私を置いて親戚の家に行っていたようだ。そのうちに両親が帰ってきた。私が家で一人でいてかわいそうだからと、外食に連れて行ってもらった。遠く県境を越えて。

 私はそこで初めて居酒屋のカウンターというものに座った。両親に挟まれ、なんでも好きなものを食べて良いと言われた。少し読みづらい居酒屋のメニューを眺め、ネギトロ丼やカキフライやとたくさん食べた。しかし、何よりも嬉しかったのは両親を独り占めしていることだ。三兄弟の真ん中である私は誕生日でさえ、こんなに両親を独り占めできる機会がなかった。そしてその一年後、私の母は亡くなった。

 そんなことを思い出しているうちに、親父がここだという居酒屋に着いた。確信は出来なかったが、おそらく昔に連れて行ってもらった居酒屋だろうと。偶然にもカウンターに案内された。そして席に着くと、親父は「ここはあんたらが生まれる前に、お母さんとよく来ていた。」と言った。ああ、やっぱりあの居酒屋だ。

 あの頃と変わらない、少し読みづらいメニューを眺め、注文する。お酒も食事も楽しみ、そろそろ出ようかと親父は言う。トイレに立ち、戻ってくると親父はお会計をしながら、店主にこう言った。「やっと12年ぶりに来れました。子供達も大きくなって。」

 帰り道、弟がこう言った。「また来年も来よう。今度はお兄ちゃんのボーナスで。」